私の映画の思い出は、南極物語です。この映画は、私が始めて映画間でみたので、とても感動したのを覚えています。南極物語は、南極観測のために、何匹もの犬を連れて行ったのですが、置き去りにせざる終えない狂態に、とても悲しい感情を覚えました。なぜ、犬をつれて帰らないのか、人間の残酷さをつくづく感じました。何とか生き延びようと犬も必死になり、鎖を噛み切ったりして、逃げることが出来たものはいたのですが、それよりも、鎖から逃げられず力尽きて、息たえてしまった犬をかわいそうで見てられませんでした。南極は冬になる極寒の寒さです。そんなところに、犬を置き去りにされた犬の気持ちがわかるのかということも言いたい気持ちでした。私は、その場面を見て、何度も涙してしまったことを今でも鮮明に覚えています。何年たち、1匹も生きていないとおもいつつ、南極大陸に行くと、2匹の犬だけが生きていたのです。それがタローとジローで、この犬は、幾度の難関とくぐりに抜け、生きたいという気持ちを強く持ち、元気に生きていたことは、とても奇跡に近いことだし、ありえないことだと私はおもいます。だけど、数多くの犬を鎖につながなければ、もっと、生き延びたかもしれません。私は、ペットといえども、飼い主になったならば、家族の一員として育てて、かわいがる、そういった気持ちは、必ず持つようにしています。
ごくごく子供のときはアタックナンバーワンとか巨人の星とかのスポ根もので、みていて恥ずかしくなるものだった。 で、次はルパン3世の時代。そして、その次は銀河鉄道999だった。…これは衝撃的で。ストーリーに夢があること。タッチが独特なこと。それと、放映されていたのが、週に一回親戚のおねえちゃんが家庭教師に来てくれてた曜日だったんだけど。そのお姉ちゃんもみていた、というのがわたしにとって異例というか。わたしにとって大人であるお姉ちゃんすら見るいう…これはすごいオシャレなのだ、価値があるのだ、と特別な価値があった。で。ストーリーは大筋としては機械の体をタダでもらえる星にいく…て目標の哲郎がメーテルと旅をしていく訳だけど。毎回短編というか。1つ1つ別の星でのエピソードが展開されてて子供にはとても見やすかった。毎回その星の人を見捨てて逃げればいいのに、助けるためにがんばる…そのせいで、電車に乗るのがギリギリになってしまう。で、毎回のようにジリジリ…でベルの鳴る音が始まり車掌さんがヒヤヒヤしてて「哲郎さん…早く…発車してhしまいます…」て焦って待っててくれる。で間に会う。そんな銀河鉄道999がなかでは1番好き。
自慢できるところはたくさんありますが、中でもとっておきを紹介します。それは、家の前の川にホタルが出るということ!ホタルたちは毎年、6月上旬の夜から出現します。ちょうど盛んな時間が18時からなので、夕食を食べ終わり家族全員で見に行ったものでした。ツユクサに付いた雫に黄緑の光を反射させながら潜んでいる1匹を、そーっと手で包んで捕獲したり。川からすーっと飛び上がってくる一匹を、空中でキャッチしたり。幼い頃の私は、ホタルを捕まえて≪ピカリ≫やら≪テンテン≫やら、名前をつけるのが楽しみでした。つけた名は、今思えば光の形容のような名前ばかりで、それほどにホタルの光が私を魅了したのだと思います。米粒ほどに小さなヒメボタル、対照的にとても明るく光るゲンジボタル。様々な大きさの光が川に点々と灯り、私たちの心を癒してくれたのでした。父は、川に、ホタルの幼虫の餌となるカワニナを自分で育てて撒いたこともありました。川のそばに1本の街灯があり、まぶしかったので夏のその時間だけ街灯を消してしまったこともありました。今思えば、街中なら信じられない行為ですが近所のおじいちゃん、おばあちゃんもホタルを見に来たので文句や苦情はなく、寧ろ人工的な街灯よりもホタルの光が心に染みるのだと言っていました。ホタルは、わたしたちにとって夏の風物詩でした。黄緑の光の川の水への反射や、空に舞う大小の点滅は、芸術のようにわたしたちの心を動かしました。その涼しい川沿いで1時間ほど近所の人たちと時を過ごすのが、夏の日課だったのです。今は、札幌にいますが、あの頃が懐かしい。田舎が、懐かしい。いつか私も、子供とホタルを見られるように将来は故郷へ帰ろうと思っています。